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韓国議員が竹島にまた視察に来たらしいですが、韓国は竹島に何故こだわっているのでしょうか?国際法でも日本の領土なのに何を企んでいるのでしょうか?
- 回答 -
「独島は日本の韓半島侵奪の過程において一番最初に併呑された韓国の領土であり、完全な主権回復の象徴だ。」というのが今日韓国民の一般的な受け止めでしょう。資源の確保ねらいもありますが、むしろこのような民族主義の象徴とされていることが韓国が竹島の領有に固執する理由です。
「海洋主権宣言」(いわゆる李承晩ライン)は、元々は水産資源の確保を狙ったものでした。戦前、日本漁船は原動機付きの船で根こそぎ獲っていくような漁法を採用していました。零細な韓国の漁民では太刀打ちできません。サンフランシスコ講和条約(SF条約)が発効してマッカーサーラインが失効してしまうと、韓国の漁民が窮地に陥ります。そこで自国の資源を保護するために李承晩ラインを設定したのですが、線引きする段階で竹島を韓国領に含めてしまったのですね。連合国最高司令官総司令部訓令第677号(SCAPIN-677)を根拠としてです。
SF条約が発効するとSCAPINが失効するとの認識を韓国政府は持っていたのではないでしょうか。SF条約にマッカーサーラインが継続されるとの文言を含ませようと猛烈なロビー活動を展開しているのですから。しかし、それに失敗し、SF条約の調印後の9月21日、以下のような書簡を在韓米国大使にあてて送っています。
「この手紙は、リアンクール・ロックスあるいは日本では竹島として知られる独島の所有をめぐる論争を決定するに当たっての、韓国にとっての決定的要因として留意されるべき同封の1946年1月29日付けSCAPIN-677覚書の要約に、あなたの注意を喚起しようとするものです。また、議論の対象である島がマッカーサー・ラインの韓国側に置かれたという事実も、現在施行されているSCAPの方針の一つとしてあります。
私の記憶に誤りが無ければ、1948年に航空爆撃演習によってたまたまその島の近くに船で集まっていた韓国人漁夫たちに災害を引き起こしたとき、SCAPは我が政府に事件について謝罪しました。 SCAPがこの島を日本の領域と考えたならば、そこに韓国人たちが居たことは不法入国者となり、謝罪は必要ではありませんでした。 問題の覚書によって明示されているように、SCAPは、島が韓国に属する、若しくは属すべきであることをいささかも疑いませんでした。
我々は、この島が何百年間も韓国の所有であったということを証明する相当の文書化された証拠を持っています。 1905年に、日本がこの島を近くの県の一つに編入したという事実(有り得べき国際的なトラブルが生じた場合により簡単に引き下がることができるよう、政府レベルでなく県のレベルで密かに行われた)は、単に韓国の文書によってのみでなく日本の文書によっても裏付けられているこの島に対する我々の然るべき所有権を否定することができません。」(http://blogs.yahoo.co.jp/chaamiey/53610435.html )
「この島が何百年間も韓国の所有であったということを証明する相当の文書化された証拠」があるなら、このとき示せば良いのに、今まで示したことがありません。また「SCAPは、島が韓国に属する、若しくは属すべきであることをいささかも疑いませんでした。」というのも事実に反します。SCAPはSCAPIN-677が暫定的に日本の行政権を停止させるにすぎず、領土処分は講和条約によることを承知していました。(http://gaikokiroku.mofa.go.jp/mon/mon_a/a300/a300_5_1.html)
李承晩ラインで竹島領有を主張したものの、一方的な主権主張は認められないと米英を中心に公式に批判され、米国からは竹島/独島の帰属問題は国際司法裁判所に付託すべきと非公式に伝えられていたのに、それを無視して領有を主張し居座り続けているのが竹島問題です。
特に1954年9月25日、日本が国際司法裁判所へ付託することを提案したのに対して当時の外務部長官の卞栄泰(ビョン・ヨンテ)が「独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国領土である。韓国国民にとって独島は東海の果てにある一個の小島であるだけでなく、それは日本と相対する韓国主権の象徴であり、韓国主権の保全を試験する実例だ。」との声明を発したことで、単に水産資源の確保というにとどまらず民族主義の象徴に祀り上げられたことが大きいです。これ以後、民族主義の象徴として重きをなし、冒頭紹介したような受け止めがなされるようになります。
「独島は日本の韓半島侵奪の過程において一番最初に併呑された韓国の領土」と言うためには、1905年の日本編入時に朝鮮が継続的かつ平穏な国家主権の表示を伴った占有、すなわち実効支配をなしていなければなりません。しかし、そういう事実は示されていません。むしろ1900年の大韓帝国勅令第四十一号の請議書(http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2010/02/1900-oct-22-petition... )にみえるように、朝鮮は今日の竹島を版図外と認識していたことが明らかです。「独島は奪われた島」というのは妄言と言うしかありません。
(この記事は「Yahoo知恵袋」より引用させて頂きました)
豚キムチ
- 回答 -
「独島は日本の韓半島侵奪の過程において一番最初に併呑された韓国の領土であり、完全な主権回復の象徴だ。」というのが今日韓国民の一般的な受け止めでしょう。資源の確保ねらいもありますが、むしろこのような民族主義の象徴とされていることが韓国が竹島の領有に固執する理由です。
「海洋主権宣言」(いわゆる李承晩ライン)は、元々は水産資源の確保を狙ったものでした。戦前、日本漁船は原動機付きの船で根こそぎ獲っていくような漁法を採用していました。零細な韓国の漁民では太刀打ちできません。サンフランシスコ講和条約(SF条約)が発効してマッカーサーラインが失効してしまうと、韓国の漁民が窮地に陥ります。そこで自国の資源を保護するために李承晩ラインを設定したのですが、線引きする段階で竹島を韓国領に含めてしまったのですね。連合国最高司令官総司令部訓令第677号(SCAPIN-677)を根拠としてです。
SF条約が発効するとSCAPINが失効するとの認識を韓国政府は持っていたのではないでしょうか。SF条約にマッカーサーラインが継続されるとの文言を含ませようと猛烈なロビー活動を展開しているのですから。しかし、それに失敗し、SF条約の調印後の9月21日、以下のような書簡を在韓米国大使にあてて送っています。
「この手紙は、リアンクール・ロックスあるいは日本では竹島として知られる独島の所有をめぐる論争を決定するに当たっての、韓国にとっての決定的要因として留意されるべき同封の1946年1月29日付けSCAPIN-677覚書の要約に、あなたの注意を喚起しようとするものです。また、議論の対象である島がマッカーサー・ラインの韓国側に置かれたという事実も、現在施行されているSCAPの方針の一つとしてあります。
私の記憶に誤りが無ければ、1948年に航空爆撃演習によってたまたまその島の近くに船で集まっていた韓国人漁夫たちに災害を引き起こしたとき、SCAPは我が政府に事件について謝罪しました。 SCAPがこの島を日本の領域と考えたならば、そこに韓国人たちが居たことは不法入国者となり、謝罪は必要ではありませんでした。 問題の覚書によって明示されているように、SCAPは、島が韓国に属する、若しくは属すべきであることをいささかも疑いませんでした。
我々は、この島が何百年間も韓国の所有であったということを証明する相当の文書化された証拠を持っています。 1905年に、日本がこの島を近くの県の一つに編入したという事実(有り得べき国際的なトラブルが生じた場合により簡単に引き下がることができるよう、政府レベルでなく県のレベルで密かに行われた)は、単に韓国の文書によってのみでなく日本の文書によっても裏付けられているこの島に対する我々の然るべき所有権を否定することができません。」(http://blogs.yahoo.co.jp/chaamiey/53610435.html )
「この島が何百年間も韓国の所有であったということを証明する相当の文書化された証拠」があるなら、このとき示せば良いのに、今まで示したことがありません。また「SCAPは、島が韓国に属する、若しくは属すべきであることをいささかも疑いませんでした。」というのも事実に反します。SCAPはSCAPIN-677が暫定的に日本の行政権を停止させるにすぎず、領土処分は講和条約によることを承知していました。(http://gaikokiroku.mofa.go.jp/mon/mon_a/a300/a300_5_1.html)
李承晩ラインで竹島領有を主張したものの、一方的な主権主張は認められないと米英を中心に公式に批判され、米国からは竹島/独島の帰属問題は国際司法裁判所に付託すべきと非公式に伝えられていたのに、それを無視して領有を主張し居座り続けているのが竹島問題です。
特に1954年9月25日、日本が国際司法裁判所へ付託することを提案したのに対して当時の外務部長官の卞栄泰(ビョン・ヨンテ)が「独島は日本侵略の犠牲となった最初の韓国領土である。韓国国民にとって独島は東海の果てにある一個の小島であるだけでなく、それは日本と相対する韓国主権の象徴であり、韓国主権の保全を試験する実例だ。」との声明を発したことで、単に水産資源の確保というにとどまらず民族主義の象徴に祀り上げられたことが大きいです。これ以後、民族主義の象徴として重きをなし、冒頭紹介したような受け止めがなされるようになります。
「独島は日本の韓半島侵奪の過程において一番最初に併呑された韓国の領土」と言うためには、1905年の日本編入時に朝鮮が継続的かつ平穏な国家主権の表示を伴った占有、すなわち実効支配をなしていなければなりません。しかし、そういう事実は示されていません。むしろ1900年の大韓帝国勅令第四十一号の請議書(http://dokdo-or-takeshima.blogspot.com/2010/02/1900-oct-22-petition... )にみえるように、朝鮮は今日の竹島を版図外と認識していたことが明らかです。「独島は奪われた島」というのは妄言と言うしかありません。
(この記事は「Yahoo知恵袋」より引用させて頂きました)
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