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 ◇東日本大震災復興支援試合 日本代表9―2台湾代表(2012年3月10日 東京D)



 待っていたのは大歓声とお立ち台、そして右翼スタンドからの「栗原コール」だった。3回2死一塁。日本代表・栗原の強烈な打球は、あっという間に左中間席に飛び込んだ。



「完璧です。本塁打を打てたらいいなと思っていたけど…。僕も東北出身。自分としては人一倍、この試合に懸ける思いが強かった。最高の結果で応えることができてうれしい」。生まれは山形県天童市。実家などに大きな被害はなかったが、続く余震に停電…。栗原は「親も“死ぬかもしれないと思った”と言っていた。今でも心配です」と漏らす。東北の一員として「元気と勇気と感動を与えたかった」。その打球には、侍ジャパンのスタメンを務めた背番号5の思いがいっぱいに詰まっていた。



 3年ぶりに集まった日本代表。今回の24人のうち、前回09年WBCに参加したのは5人だけだ。栗原もその1人だが、村田(現巨人)の故障で緊急招集され3泊5日の強行軍で参加した。合宿で一度は落選も、発表直後にも1人残って特打。その姿を見ていた原監督から準決勝、決勝の2試合に呼ばれたのだ。韓国との決勝戦では先発出場した。誰にとっても特別な「JAPAN」のユニホーム。栗原は「今回も選んでいただいて光栄。来年もWBCがある。また選んでもらえるよう頑張りたい」と誓った。



 「シーズンでもきょうのようなプレーをどんどん見せたい。野球を通じて何かを感じてもらえれば」。復興へ、そして自身の夢へ。栗原のフルスイングはこれからも変わらない。





(この記事は野球(スポニチアネックス)から引用させて頂きました)



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